人混みが、ざわざわざわざわと騒がしい。

れんが街はお昼間。

お天道様が、弾けた檸檬のように明るい。

すこし見渡すと、洋館が目立って見えた。



「るい、るい、るい」

「何だい椿」



うつくしい金髪、何もかもを見通す碧い瞳、長いまつ毛、通った鼻筋。

一見書生風の服を身に包んだ西洋人――異人の青年が、つかつかと速足で歩いている。

そのあとに慌ててついていっている艶やかな黒髪を水玉模様の赤いりぼんで留めている少女、椿。

お似合いのふたり、と二人を見る道行く人々。

しかし、椿の正面を見た人はぎょっとする。

きめ細やかな白い肌に似合わない、赤黒い染みがついた包帯をぐるぐると細い首に巻き付けている。

そんな異形を見るような人々の視線に目もくれず、椿が云う。



「よんでみただけぇ」

「…そういうのは、勘弁してくれないかな」

「うふふ、ごめんね」



ふたりが通ったあと、どこかの家でにぎやかな音がした。














「紫陽姐さんよォ、…もうこちとら待てねえんだよ。いい加減かえさなければならないという自覚をもってくれよ」



大柄な男が参人でひとりの女を囲んでいる。

汚い納屋のような家はいまにも壊れそうである。

囲まれている女は地面に額を擦りつけ、必死に震える声で謝り続けていた。



「ごめんなさい、ごめんなさいッ…!!!もうちょっとです、あとちょっとで、わずかだけど、かえします…!!」

「姐さん…あんなろくでなしの親父なんて、捨てちまえよ。煙管を振り回して酒が無いと怒鳴るだけだろう…。

挙句に、あんたの夫は…」



ひとりの男が小さな慈悲を見せながら言いかけると、女は遮るように叫んだ。



「ごめ、ごめんなさい、ほんとに、やめて、下さい、やだ、やだ…あああああああぁあぁああああぁあああああぁぁ、

うわぁぁああああああああああああああぁあぁああああああああッッ!!!!!!!!!

旦那は…ッあの人は生きてます、大丈夫です、だからだからだからだからだから、ごめ、ひ、」



座敷の中の闇から、ぬうっと血管が浮き出た腕が出てくる。

そして――――――――――女の首を掴み、引き摺りこむ。

男たちはぽかんと口を開け、女を見送っていた。

戸がぴしゃんと閉まる。








「ぐ、ぐ、ふ、…んぎィィイイイッ…ム…グぇッ、ガ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



耳をすませると、呻き声。

先程の声とは全く違うような…、…この世のものとは思えない…、呻き声。

そろりと戸を開けると、一寸先は闇とはこのことか…。

黒、黒、黒、黒、黒。

お昼間なのに、なのになのになのに。

一筋の光も漏れていないなんて、おかしい。




ぱきん



ぽき、ぱき




ごきん







「ノワールッ!」



椿が何処かで叫んだ。




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